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風の子通信 9月の遊び「お月様」

 

仲秋の名月のころ、こんな歌を歌ってお月様を呼びました。

昔は「おらえ(家)さ寄っとくれ」でしたが「わたしの家に」にしました。今はこんなふうに遊んで楽しんでいます



8月15日の満月は、1年の中で最も美しい満月と言われています。「月々に月見る月は多けれど、月見る月はこの月の月」と詠まれるほど、美しい十五夜様なのです。もっともこれは旧暦8月ですから、今でいえば9月の満月です。それで私たちはそのお月様に手招きするススキと一緒に、お団子を供えたり、芋や豆などの野菜を供えたりします。

 今はマンションのベランダなどにお供え物を並べるご家庭が多くなり、戸建ての家でも出窓などにお供えするようになりましたが、ほとんどが戸建ての家で庭も広かった昔は、それぞれの家の濡れ縁に置いたり、庭に縁台を出してそこに置いたりしました。十五夜様にお供えするお団子は盗んでもいいことになっていました。ですから子どもたちはあちこちの家のお団子をつまみ食いしたそうです。そしてお団子が全部なくなれば、その年は豊作だとよろこんだそうです。




「そうです」という言葉を使ったのは、私の家は山の中腹にあり、ご近所さんが少なかったこともあって、子どもが盗む前に、大人がご近所にお裾分けとして配っていたから、盗むチャンスがなかったのです。公認とはいえ、盗むというスリルある体験をさせてほしかったなぁと今になれば思います。

 ススキをお供えすることからもわかるように、十五夜様はお招きするものだったのです。十五夜様をお招きすることで、幸せになると思っていたのでしょうか。池のあるうちは、その池に十五夜様が映ることを願っていました。井戸のある家では、井戸に十五夜様が映ると喜びました。池も井戸もない家でもできる方法で、私たち子どもも、お月様をお招きしました。桶やバケツに水をいれて、あちこちに置いて、そこにお月様が映ると喜びました。

 

  お月様は細くなったり丸くなったりするので、成長するというとらえ方もありました。また逆になくなってしまうこともあるので死につなげて考えられたりもしました。陰暦の29日から1日(ついたち・月立ち)にかけてはお月様が新しくなる日で、夜は真っ暗です。毎日少しずつ太ってきて、陰暦7日ごろには半月になり、15日には満月になり、22日ごろにはまた半月になり、29日でひとめぐりです。昔の人は十五夜だけでなく、しょっちゅう月を見ていたのでしょうね、月の出が少しずつ遅くなることで名前を付けていました。十五夜の次の日16日は十六夜(いざよい)の月、さっさと出てこないでいざようように出てくるので、そういう名前になったのでしょう。17日は立ち待ちの月、立って待っているうちに出てくるからでしょう。18日は座って待つので居待ちの月、19日はもう座ってもいられない寝て待っていようというので寝待の月、月にこんな名前をつけた昔の人たいは風流でしたね。


出典:コトバンク



月の満ち欠けを使ったこんな話があります。

「鏡と櫛」

 むかしまずあったと。ちいっと頭のあたたかい亭主が都さ用足しにいくことになって、7日ほどの旅に出たと。嫁様に土産はなにがいいかと訊けば、あの月のような丸い鏡が欲しいと言う。亭主は月を見上げて「わかった」と嫁様に約束したと。さて、用事を終えて帰るべぇと思って嫁様と約束した土産のことを思い出した。ふと月を見上げたれば半月であったと。そうだ櫛を買っていかねばと、亭主は櫛を土産に買って帰ったと。おしまい。



 私が子どものころまで、月を中心にする陰暦は普通に使われていました。特に自然を相手に仕事をする農家の方々は重宝していたようです。字の読めないお百姓さんのために絵ごよみという暦もありました。すべて絵で表してあり、おもしろいのだけ拾いだしたみると、たとえば鉢と重箱と鉢と矢で八十八夜、盗人が荷を担いでいる絵で荷奪い、つまり入梅、禿げのおじさんで半夏生、紐に通した百文銭2つと砥石と蚊で二百十日、芥子の実に点を打って夏至、塔と琴柱(ことじ・琴の糸を支えるもの)で冬至などなど。半分はお遊びだったのかもしれませんが、田植えの時期、稲刈りの時期なども絵になっていて、わかりやすかったと思います。

「禿のおじさん」→ 半夏生



「芥子の実に点を打つ」→ 夏至


「塔と琴柱」→ 冬至





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