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2021年11月遊び〜隣組

 

 「とんとんとんからりと隣組 格子を開ければ顔なじみ まわしてちょうだい回覧板

 知らせられたり 知らせたり」私が子どものころ歌った歌です。

今でも隣組の存在する地域は多いでしょう。私の住んでいる地域も順番に班長になってゴミ当番の世話や、市からのお知らせを回覧したりしています。けれど、私が子どもだったころの隣組は国から決められた組織で、もっと「密」でした。というより「縛り」がきつかったと言ったほうがいいかもしれません。戦中はもちろん戦後もしばらくは「配給制度」で、食料から日用品まで「配給」でしか手にはいりませんでした。

お米や日用品などの物資が届くと、組長は「〇〇の配給で〜す」と隣組の人たちに知らせました。お米は正式には配給でしか手に入りませんでした。それも家族が十分食べるだけの配給があるわけではありませんし、お米の代わりに芋やカボチャが配られたり、大豆やトウモロコシが配られたりしました。配るといっても無料で配るわけではありません。家族の人数によって割り当てられた食料を、米穀通帳や配給切符を切って、公定価格で買うのです。分ける組長さんはだれからも恨まれないように気を遣ったことと思います。

 隣組の組長さんの仕事は、配給以外にもいろいろありました。隣組の家族で出征する(戦地に行く)人がいれば、その出征を祝って(家族は喜ぶどころではありませんでしたが)ささやかな宴を開いたり、日の丸の旗を振って駅まで見送りに行ったり、英霊(戦死者)を出迎えたり、留守家族とバケツリレーの訓練をしたり、大変な仕事でした。

冒頭の歌はかわいい歌ですけれど、そんな隣組の結束を高めるために、国が推奨して子どもたちに歌わせた歌です。言ってみれば隣組は国の下部組織だったのです。





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